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ちょっと今日はいいみたい。

今の段階でいえば、7月は20数年ぶりの冷夏だそうだ。
7月の下旬になれば、晴れて暑くなる可能性もある。
明日は少し暑くなるかもしれないと報じられている。
今度は暑さに向けて、気持ちも準備しておこう。

ここのところずーっと不調で、しかたなく昨日からまた薬を一部元に戻した。
ちょっといいみたいでほっとする。

夫にすべて頼りっぱなしで、夕飯を作って片付けをして、洗濯までしてくれる夫の動きを見ていると、
申し訳なさで身がすくむ感じだ。
夫はけっして不機嫌ではないのだけれど、夫なりのストレスも抱えていて、それなのに
家事を引きうけてくれている。

女性が家事をやらなくてはならないとは、頭のなかではちっとも思っていないし、
できる人がやって当然とも思っているけれど、感情は戸惑うばかり。
やってもらうばっかりという受け身の態勢に罪悪感を感じる。
でもこういう感情が、介護の問題にもつながって、また障害者問題にもつながって、
当事者主権という考え方を阻む壁になっていることも確か。
堂々とやってもらうことになれるというか、当然だと思う感覚もなくちゃならない。
なかなか難しいなぁ。

わたしとしては、わたしが元気で夫と一緒に、あるいは分担して家事をやりたい。
夕飯だって煮物やきんぴらみたいな総菜はわたし担当で、主菜を夫が担当するとか。
自分自身ができることを増やすという気持ちは大事だから。
さぁ、どこまで気力が戻ってくるか。
気長にでもできれば何とか努力してまとう。

当事者主権といえば、上野千鶴子のことが思い浮かぶ。
先日テレビの「情熱大陸」という番組で彼女が東大の入学式で述べた祝辞のことをやっていた。
祝辞で言っていたことは、彼女の考えではなく事実であって、べつにすごいことを言ったと
いうようには感じなかったけれど、世間では批判も多かったらしい。
上野の言っていることに対して、当然だと思うことは多いけれど、どこか頭が先に立っている
感じが抜けなくて、ついつい上野批判を読んでしまう。

渡邉琢『障害者の傷、介助者の痛み』という本を春先に読んで、図書館に返していたのだけれど、
上野の批判を書いていたことを思い出して、また借りなおした。
まだ読み返していないが、どうやら障害者目線と女性目線とがせめぎあうことがあるらしく、
上野の「ケア学」のも限界があるというようなことが書いてあったような。
実際、介助の協同体とかいってもなかなか人材も集まらなしそう簡単に共助はできないような気がする。
義母の重度訪問介護のことも、介助者がなかなかいなくて山梨から来てもらっているというのが
現実だから。
だれにどのように介助してもらうか、介護してもらうか?
社会的な介護というのには全面的に賛成するけれど、マッチングは難しい。
細かなところに問題は山積しているようだ。


by hamuneko7 | 2019-07-12 14:04 | からだのこと | Comments(0)

ゆっくり,ゆっくり。


by hamuneko7
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