『生存する意識』を読んでいるのです。

徒長してだらしなくなった多肉植物君たち。
暑さが去って、わたしの手もなんとかOKになって、
本日やっと植え替え・株分けをすることができた。

もう首長恐竜のように伸びた茎の部分からは、
根っこが伸びたり、葉っぱがでたりしていた。
やはり生命力を見せつけてくれる。
でも、今の株分けや植え替え、うまくいくかしらん?
水やりもどうしたらいいものか悩みどころ。
乾かしておいた方が生きようとする力は強くなるようだけれど、
水が足りなさすぎだとしたら、あっという間にしぼんで弱ってしまう。
多肉君は強いけれど、あんがい弱いところもあるのだ。

今回の植え替えで、いっきに鉢数が増えてしまった。
徒長した部分を切って土に刺した分・株分けした分・落ちた葉を
並べて置いた分、あっという間に増えていきそう。
うまくいけばだけれど。


さてさて、おとといから
エイドリアン・オーウェン
  『生存する意識
     植物状態の患者と対話する』  (みすず書房)
を読んでいる。

fMRIスキャナーを脳科学者が使い始めてから、植物状態の
(からだでは全く反応しない状態)患者が、声をかけた人の言っている
内容がわかっていて、脳のレベルでは反応できることが証明されてきた
という。

脳での反応が単なる反応なのか、意志をもったものなのか、
そもそも意志とは何か、
生きているということと意志との関係は?といったことからして
難問ではある。

たとえ意志があるとわかったところで、それを生きている側の人間は
測定器なしにはその内容を受け止めることはできない。
つまり、患者が伝えられないということには変わりない。

ただ脳損傷で植物状態になった場合、神経回路をつなぎ変えるとか
なんらかの働きかけが功を奏して、損傷から回復する場合もある。
また、植物状態で何の反応もできない患者もいる。
いろいろなことが一挙に変わることはないのが現実だ。

植物状態のまま、死にたいと思っていても痛みがあって苦しいと
感じていても(感じるというのがどういうことなのか?)
それにどう応えられるのか、そういった問題も残る。



在宅での死・施設での死、
死をどう伝えるか、死を前にした人にどうかかわるか、
そういったことを考えるためにまた本に頼っている。
何冊も借りたり、買ったり。
それは不自然なことなのか、余裕があるからできるのよと
失笑されることなのか、
いろいろなことが頭をよぎる。

でも、明日は冬に向けて片付けを再開したい。
それにしてもわたしのこの体力不足。
録画した番組で、筋痛性脳髄膜炎/慢性疲労症候群の人の様子をみた。
起きている時間の半分くらい、横になってしまう今のわたしも、
彼女たちの生活に似たところがある。
なんとかならないかなぁ・・・
軽くても毎日ある頭痛、せめてこれだけでも。
でもでもそれでも、秋の日や風やそういったものがたまらなく
うれしく感じられているわたしであって、それには希望がある。

[PR]
by hamuneko7 | 2018-10-27 21:20 | 日常の些細な出来事 | Comments(0)

ゆっくり,ゆっくり。


by hamuneko7
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31