迫られる死の選択。

乾いた心地のいい風が吹くようになってきた。
ウールのショールが役に立つ。
散歩にはうってつけの秋の日。

つい先日、義母の入院先に行ってきた。
とうとう胃ろうをしなければ栄養を補えないからだになった義母。
けれど、その日は手術室まで行って手術を断念。
医師からは、胃ろうはもうできないと言われた。
➡ 次の手は気管切開などの手術をして、肺に異物が入らないようにする、
 突然の窒息死を防ぎ、全身麻酔に耐えられる状態になったら、胃ろうの
 手術を考える。
 気管切開を望まないなら、このまま積極的な治療はせずに、
 チューブでの栄養を与えつつ過ごすという選択となる。
 家族としてどちらを選ぶか、今日中にはっきりさせてほしい。
何とも言えず、重く難しく判断を迫られた。

同居している義妹と、当事者の義母の考えが優先される。
わたしの考えはまぁ参考意見という程度のことではあるが、
それでも突き付けられた感じだ。
ずっとこういう事態を考えてきてはいるけれど。

自身が死を受け入れることができるか、
納得して死に向かうことができるか、
あくまで今は頭でしか考えられず、当事者には近づけない。
想像してみても、どこまで何をがまんできるかという限界を
探ることもできない。

植物状態になっても、その人は脳やからだの反応を手放さないことが
今ではわかっている。
ALSの患者さんたちのなかでは、閉じ込められた状態(意識ははっきり
しているのに筋肉を動かす力を失っているので、他人にわかる反応が
できなくなる。生きながら自分のからだのなかに閉じ込められ
極限の孤独に対峙させられる)を恐れ、経済的にも負担がかかることから、
気管切開を選択せず逝くという選択をする人が7割近いという話を聞いた。
それでも、閉じ込められても生きていく選択をする人もいて、
その意思を家族は大事にすべきだという人もいる。

義母がどこまで受け入れるのか、その義母の意志を義妹がどう受け止め、
義母のための選択ができるかという問題については
口をさしはさめない。
今は待ちの時間を過ごしている。
でも、大学病院の方はせっせと気管切開に向けて話を進め、義妹に
返答を迫っているらしい。
担当医は、家族が「母の希望があれば気管切開をお願いします」と
返答したことに「おったまげた」と後日義妹に告げたという。

今の世の中、平穏死・尊厳死の方向、在宅での看取りを進める方向にある。
これとはまったく反対を行く結論だったからだろう。
80を過ぎた義母の寿命を少しでも伸ばそうとするのは、そうとう
予測を過ぎた返答だったのだろう。
いわゆる「コスパ」に合わない、経済的に効率の悪い選択だから。
昔なら姥捨て山に捨て去られる身のはずだ、というのだろう。

穏やかに、納得して逝ってほしい。
ただそれだけなのだけれど。

義妹から夫にかかってくる電話に、毎晩あれこれ考えている。

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by hamuneko7 | 2018-10-26 18:10 | 日常の些細な出来事 | Comments(0)

ゆっくり,ゆっくり。


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