朗読のこと、腑に落ちた。

昨日はあたまがピーマンのごとくなっていたようで。
(もうこんな言い方しないけど・・・)
まるでNHKの女子アナ全部知っているかのような書き方をしたり・・・

もちろん「ほぼ」どころかほとんど知らないわけで、
ただよく見る若いアナウンサーが気にかかっているだけのこと。
「絶対」とか「全部」「みんな」ということばを使ったいいかたは、
信じるなというわたしの鉄則を「ほぼ」忘れているって
笑えないことなのだ。

反省反省。
(サルでもできるという反省じゃなくって・・・)

昨日の朗読のこと気にかかっていて、思わず図書館に行って
朗読関係の本を読んできた。

花形恵子『暮らしの中に美しい日本語を』(未来社)

朗読にもいろいろあるらしい。(まるで流派のごとく)
今教わっている先生は、「読み聞かせが嫌いらしい」と
教室で一緒にならっている人が言っていた。
それと昨日の「朗読は相手のためにすることだから」という
先生のことば。
このふたつの気がかりが、花形さんの本ですっきりした。

まず「読み聞かせ」。
「聞かせる」というのが、強制的な感じ、固まった感じがして
花形さんはそれが嫌だと書いてあった。
いっしょに読む、読んで楽しむというのが本筋だから、
「共読み」「読み語り」ということばの方が適切だという。

そして朗読の目的。
花形さんは、「ぶどうの会」という言葉の勉強会に入っていたとか。
その後演じるように詩を読むことを追求。
・日本語のことばの響きの美しさを感じ表現すること
・語られている言葉を楽しむこと
・リズムに耳を傾け、心を遊ばせる
といったことが大事だと考えている。

(「ぶどうの会」はわたしも学生時代から気にしていた勉強会。
 内田義彦という経済学者が、この会に関わっていた。
 学生の頃、内田義彦の書いた新書を何冊か読んで、読書会をしていた
 こともあって、ことばについて考えることも多かった。
 会の中心人物の一人山本安英の演じた『夕鶴』が、テープになっていて、
 それを何回も聞いた。
 山本安英はおつうを演じている。脚本は木下順二。)
 
そうだよなぁ。
自分が楽しまなくちゃね。まず最初に。
人に読んであげるんじゃなくて。
自分を殺さないように、自由にさせることで、はじめて遊べるわけで
うれしいと思い込んで笑顔を作って読むものじゃない!
わたしと、一緒に聞いている人が同時に楽しめるってことを
目指せばいいわけだ。
だから、アナウンサーのような正確さではなく、自分の感情や感じ方を
表現できるような正確さを育てることなんだ!

やっとすっきりした気分でまた読めそうだ。
フフッ。


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by hamuneko7 | 2018-08-02 15:56 | 読んでいる本のこと | Comments(0)

ゆっくり,ゆっくり。


by hamuneko7
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